勘亭流紹介
勘亭流文字は本来歌舞伎専用の「書」であった。
徳川時代の安永8年(1779年)の正月、江戸中村座、座主9代目中村勘三郎丈が、日本橋堺町(現新富町)にすむ御家流書家、岡崎屋勘六に中村座の表看板・番附等、種々の揮毫を依頼、それに応えてお家流に三ツの工夫を加味して書き上げある処、大好評を博し、以来中村座を始め江戸中の劇場がこの書体を用い、大阪にも広まり日本全国に宣伝、歌舞伎の文字として定着しました。1779年より1999年(平成11年)まで実に220年間歌舞伎芝居とともその約束事、書風は一環として伝承し、岡崎勘六氏の号、勘亭を流名として勘亭師を流祖として今日にいたりました。
御家流に三ツの工夫を加えたとは
@文字の線を太くすることによりスキ間が少なくなり客席にスキが無い様に
A文字に丸みを持たせ線を尖らせず興行の無事円満を図る。
Bハネルところは内側にお客をハネ入れる様にとの意図を含んだ工夫です。
勘亭流は「文字で観る歌舞伎」と称されています。
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